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高知簡易裁判所 昭和34年(ろ)129号 判決 1960年9月30日

被告人 門田仁男

昭四・一一・二〇生 外交員兼自動車運転者

主文

被告人を罰金四千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金弐百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転者であるところ、昭和三十二年九月十七日(高六す第四二六七号)自動三輪車に箱入り菓子百貫位を積載してこれを運転し、高知県安芸郡田野町より高知市に向う途中、同日午後七時二十分頃安芸市赤野八流れ西坂に差しかかつたのであるが、右自動車は後部荷台の左右に金網を張り、荷台の後方には重量約四貫の金網製の扉二枚を取付けて中央部より車体の外側左右に向つて開扉する構造となつているところ、これを閉扉した際の両扉の接着部に設けてあつた閉鎖器がかねてより破損していたため、亜鉛メツキ鉄線十四番針金二本を以て両扉を結束して閉鎖器に代えていたのであるが、同地点において被告人は、車の動揺による摩擦のため右針金が切断し扉が開放されているのに気付き、同乗の北川竜雄をして更に前同様同種の針金を以て両扉を結束させて進行した。

右扉は前記の如く重量が約四貫もあるため、その重量と路面の凹凸屈曲等による車体の動揺とによつて、扉を結束した針金が摩擦して再び切断する虞れがあり、切断した場合扉は車体の動揺に伴つて車幅外にまで開放することとなり、その扉が一般通行人に接触して危害を与える虞れがあつたので、こうした場合自動車運転者としては、扉が開放しないよう結束を厳重にし、かつ絶えずその閉鎖状況に留意してその完全なることを確認の上進行すべく、以て扉の開放による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのである。

そうであるのに拘らず被告人はことここに出でず、扉の閉鎖状況を確認せずして時速約三十粁で運転進行を続けた過失により、同日午後七時三十分頃安芸郡芸西村和食の幅員三・七米の道路上に達したとき、その西方から左側を歩行して来る堀川幹夫(当十三年)と行き違うにあたつて、折柄結束の針金がすり切れて開放されていた右側の扉を同人に接触せしめ、よつて同人に対し治療約四週間を要する顔面挫創等の傷害を与えたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

法に照らすと被告人の判示所為は刑法第二一一条前段に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、罰金等臨時措置法第三条第一項を適用して被告人を罰金四千円に処するのを相当とし、刑法第一八条により、右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

なお訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書に則り、その全部につきこれを被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張について)

弁護人は「本件事案の責任者は本来の運転手である北川竜雄であつて被告人ではない。本件自動車を事故当時被告人が運転していたとしてもしそれは運転という労務のみを被告人が代つて掌つていたのに過ぎないのであるから、そのことのため本来の運転手である北川竜雄の自動車運転者としての責任が解消されるいわれはなく、ドアの開閉戸締り等に関する注意責任は、依然同人にあること敢て多言を要しないところである。よつて被告人には何等責任なく無罪たるべきである。」との旨主張するので、これに対する当裁判所の考え方を述べる。

刑法第二一一条にいわゆる業務とは、本来人が社会生活上の地位に基き反覆して行う行為であつて、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞れのあるものであることを要し(昭和三三・四・一八最高裁第二小法廷判決)、その行為すなわち仕事は、その者の社会生活上の地位にとつて主たる事務であると従たる事務であるとを問わない(大正八・一一・一三大審院判決)ものと解すべきである。そして継続的でなくたまたま従事するに過ぎない仕事は業務とはいえないけれども、不定期的に或る期間をおいて、しかも主たる事務に附随する事務を機に臨んで時おり反覆して行う場合であつても、その行為は同じく右業務の観念のうちに包含するものと解するのを相当とする。

そこで本件についてこれを見るに、前掲証拠によつて明らかな如く、北川竜雄は自動車運転の免許を有するところから本件事故発生以前より田中商事株式会社の自動車運転手に雇われ、同会社の菓子卸売営業上の自動車運転に従事していたものであり、被告人もまた自動車運転の免許を有し、北川竜雄の入社以前は自ら同会社の自動車運転手として運転に従事していたのであるが、北川竜雄の入社以後は同人が自動車の運転に専従し、被告人は菓子卸売外交のことを掌る傍ら、運転手北川竜雄の疲労せし場合等には時おりすなわち一週間に一度位交替して運転に従事していたという実情であり、本件事故当日も商用の帰途運転手北川竜雄の疲労その他些細を事由(朝食の際北川の茶わんが割れたとてその縁起をかついで)のため同人と交替してその同乗のもとに被告人が運転していたというのであつて、このような情況下における被告人の右自動車運転の行為は、もとよりそれが主たる運転手としてこれに専従していたのではないにしても、右に示した主たる事務に附随する事務を不定期的に臨機に反覆して行つた場合にあたり、以てその行為は同条所定の業務に該当するものといわなければならない。そうしてそれが業務であるからには、単に自動車の運転行為それ自体のみに極限してその注意責任の範囲を論ずべきではなく、運転者としていやしくも自動車の運行により生ずることのあるべき危険、すなわち本件自動車においては菓子箱等荷物の積載状況はもとより、殊に荷台後方の扉の閉鎖状況等に至るまで細心の注意をはらい、以て運行に伴う荷物の脱落或は扉の開放等のため他人の生命身体等に及ぼすことのあるべき危害を未然に防止すべき義務があること、今更いうをまたないところである。こうした自動車運転者としての注意責任は、たとえそれが主たる運転手に交替してその同乗のもとになされた運転行為であつても、その交替のゆえを以て主たる運転手にその責任が転嫁さるべき条理もなければ、また現実の運転者の責任が解除さるべきいわれもない。それゆえ被告人は到底右業務上の注意責任を免れることはできない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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